History Quest「戦史会議室」
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タイトル Re^5: 長期戦戦略?
投稿日: 2005/01/24(Mon) 22:57
投稿者DASREICH

> こんばんは、ウィリーです。
>
> ウィリー様、早速のレスありがとうございます。
ウィリー様のご意見に対し、私の考えを包括的に述べていきたいと思います。
まず、紺碧の艦隊-の点ですが、私もその点はまったく同意です。私も1940年時点の仏国の知り得た状況、とりえた外交・戦略上の選択、戦備と国力、を前提にした議論を進めているつもりで、決して紺碧のような突然超兵器が出現したり、国力、補給力を無視した作戦を敢行したりといった視点では論術していないつもりです。もしそのような視点より論じていると思われるようなあいまいな記述をしている、と感じられる点がありましたのなら、私の文章力のなさがそう感じさているものと思い、その点は深くお詫びします。
で、はっきり-の部分への返答としては、1940年時点での知り得た事実、とりえたオプション、ということを前提に議論を進めていきたいと考えています。
(ただ、我々は、どうしても、1940・5月以降の事態を知ってしまっているので、意識しないで、その点をつい織り込んでいる論調はでるやもしれません。そう感じたら遠慮なく具体点をついてご指摘下さい。)
で、単独講和に対する英国の反応、についての部分ですが、確かにビシ-に対する英国の態度を見てみると、国力差にためらいを感じ、様子をみる、との私の推定は甘いような気がしてきました。そう考えると、あの時点で単独講和した場合、英国はためらいなく封鎖等の軍事的手段をとってくる方がウェートが高いですね。ただ、だから封鎖されるのが願い下げで戦争を継続した、という論旨には、若干疑義を呈してみたいと思います。それこそ、単純な額面戦力では、仏・独・伊の海軍力があわさると、当時の仏が考えれば、少なくとも封鎖を破りうる、と考えることはできると思います。よって、私は仏の継戦理由はもっと別のところにあるのではないかと推測しているのですが。現段階の私の推論では、軍事的の部分より、政治的な理由の方が高かったように感じています。と、ではここでその政治的な部分とは、といった論述を初めてしまうと、最初からの私のテーマ、軍事的にみた仏軍勝利の戦略の存在に対する疑義、またとりえた最善の可能性の探求、という点から少し逸脱してしまいそうなので、継戦理由、といった点にしぼった議論にしたい、という提案があった場合は、開陳していきたいとおもいまが、今回は詳述は割愛します。
そして、戦争にどうやって勝のか-という点ですが、そう言いきられてしまっては身もふたもありません。(笑)私の知りたいのは何度も言うようですがまさにその点で、それが重要な問題ではない、というのでしたら立つ瀬がありません。私がこの点にこだわるのは、そもそもどの国でも、戦争を始める以上、そこに追求すべき国益があるか、あるいは国の存亡がかかっていてやむなく、という事態がほとんどです。そして、その国益派と存亡派をわける
もっとも分かり易い点は、どちらが宣戦したか、という点です。まあ、日露戦争のように両者の理由が混然としている場合もありますが、一応この分け方で分類すると、あてはまる部分は多いでのではないかと思います。
そして宣戦する側、というのはある程度具体的な戦争終結のための青写真を
用意しているのが普通です。うまくいったかは別として。その点がどうも仏には見えてこないんですよねぇ。まあ、伊のように、具体的な計画はなかったが、あの時点で宣戦すれば最小の犠牲で最大の分け前をえられる、と勘違い参戦、(というよりみとうしを誤った参戦)の例もあるわけですし、何とも
いえない部分もありますが、仏も伊と同じレベルで、軍事的な終戦計画というのはやはりもっていなかったんでしょうか。


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