History Quest「戦史会議室」
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タイトル Re^9: 1940のフランス軍の戦略構想
投稿日: 2005/01/28(Fri) 04:30
投稿者DASREICH

すみません。いろいろ調べていたので返信が遅くなりました。
まず、正直-の点ですが、他の所でも書いておりますが、
その点まったく同意です。日本は大軽率、仏は中軽率、
といった感じでしょうか。(笑)
ただ、一応日本は調べたのに、仏は自明の理である、
といった判断だけで調べてもいなかった、というのでしたら
この比率は逆転するやもしれません。
次ぎに、少しでもーの点ですが、一応調べてみたのですが、
私の資料では、仏国内外の油田、の件がまずわかりません。
この一文は、仏国内に油田があった、ということなのでしょうか?
それとも、仏国内に油母頁岩、という鉱石が大量に産出し、
1940年以降の独の石油生産の大きな部分を占めていた、
ということなのでしょうか?
また、ルーマニア以外の油田、という点では、1940年以後の独の占領地域
において、石油を産出する地域はなかった、という私のほうでは調査結果
なのですが、私の知らない所で、プロエシチィ油田以外の供給原が
あったのでしょうか?
あと、私の調べた範囲では、1942年の段階で、ルーマニアからの供給は
3割程度で、残り7割は他の供給源だった、との出典がどうしてもわかりません。ずうずうしいお願いで申し訳ないのですが、1942年の段階での
7割の供給源の詳細と、出典文献等お教え頂ますと、幸いです。
(私の方では、インターネットによる液化石炭の歴史、シュペアーの回顧録、学研のWW2シリーズ、カールハンツフリザー電撃戦の幻、パウルカレルの一連の著作、グデーリアン回想録、真砂博成5月の嵐等です)
なにせ、資料が軍事面にかたよっており、経済に関してはうといのはおおせのとうりなので、この点助けて頂きますと幸いです。
最後の点ですが、労働力-以下の記述に関してはまったく同意です。
ただ、私はその点を織り込んで、対封鎖、原料面、に絞っての反証を
してみたつもりですが、この点食い違いがあるようです。
確かに経済というのは原料だけでなく、複合的な要因で成り立っており、
対封鎖、原料よりの視点にしぼる、というのは無意味な仮定かもしれません。ですが、衰退が自明である、と決めつけるだけであれば、
成長の可能性もある、と言い切ることもできるわけで、
一番わかりやすい比較案件として、この点を出してみました。
いずれにしても、仏軍首脳部は、ここでの議論のような
相手国との成長率予測や自国との成長率の比較、
封鎖を完遂するならばどういった戦略が有効か、
等検討していたのでしょうか。


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