河和水上機基地跡(愛知県知多郡美浜町古布)
1943年(昭和18年)河和に第1河和海軍航空隊が編成され、整備員の養成に乗り出しました。1944年(昭和19年)には第2河和海軍航空隊が編成され、水上機搭乗員の訓練が開始されます。戦局の悪化に伴い、1945年(昭和20年)には特攻作戦が開始され、搭乗員は沖縄方面への片道飛行を命ぜられるようになります。
河和水上機基地の敷地は約180haあり、北は現在の河和中学校から南は現在の河和南部小学校までに及び、その中心部は都築紡績株式会社河和工場が立っている辺りに存します。
東南側のスリップ 波に打たれるスリップ
河和漁港東側の海岸よりコンクリートの傾斜が海の中に達しているのを見ることが出来ます。これはスリップ(「滑り」)であり、当時水上機を海に降ろしたり、陸へ引き上げるために使われた斜面です。北側に長さ50m、東側に250m、東南側に80mのスリップが存在します。何れも幅は50m程ですが当時の図面では92mとなっています(堤防工事等で破壊されたのでしょうか。)。勾配は1/14(4度)でかなり緩やかです。コンクリート片は縦2.5m、横2m、厚さ0.8m程で、このブロック片を組み合わせてスリップが形成されています。スリップの所々が破壊されていますが、主に空襲による破損です。
現在、スリップは格好の釣り場となり、あるいは傾斜を利用して水上バイクを海に降ろすのに利用されているようです。平和そのものの情景で、今から約50年前の事柄に気づく人は僅かでしょう。
なお、今回は見落としましたが、知多バス古布下車国道247号線沿いに徒歩5分の地点の田圃の中、航空隊倉庫の土台が存するそうです。また、更に東に50m程行くと、コンクリート製の誘導路の橋台があるそうです。
○交通機関
国道247号線沿線 河和漁港東約200m
知多バス 都築紡績前下車 徒歩約5分
YEN