タイトル | : Re^4: 秀吉後継のIF?戦記 |
投稿日 | : 2009/10/12(Mon) 23:24 |
投稿者 | : TraJan < > |
柿崎さん こんにちは。
> ただTraJanさんの意図はどちらかと言うと、「豊臣家を残すためには」という方向ですね。
もしかしたら誤解があるのかもしれませんが、私が提起しているのは「豊臣家を残すには?」ではなくて「秀吉がどう判断するのか?」ということです。全てを手に入れた老人が最後に望むのは死後における名誉であろうと思うのです。その名誉とは自分が初代である豊臣政権を未来に向けてできるだけ長く残す事以外に考えられません。
そのスタンスで考えると、私には豊臣家の次期当主を迎えずに政権を他の大名に譲るということが現実問題としてありえるとは思えません。仮に政権を徳川家康に譲り、秀秋を一大名となる豊臣家の当主に据えたとして、豊臣家臣が納得するハズはないし、家康としても自身よりも石高の大きな大名が存在することを許すとは思えません。秀吉は当然そのように考えると思います。また、家康がほとんどの家臣を捨てて、豊臣家の養子になることも考えにくいように思います。
従って、徳川に政権を渡すなら現実的には結城秀康を再び豊臣家の養子にして家督を譲る形にならざるを得ないと思います。この場合、形式的には徳川家は外戚となり、豊臣政権を支えざるをえなくなり、秀吉の目論見はうまくいくと思えます。実際にどうなるかは判りませんが、秀吉はそう考えると思います。
一方で、家臣の言う事を聞くような小早川秀秋を後継者にした場合、史実のように家臣団が分裂するのは防ぎようがない、と秀吉が考えるのではないかと思います。北政所や実父、兄弟がついていても状況が悪化する材料にしかならないのではないかと思います。それに比較して、宇喜多秀家は騒動を起こすが、その騒動を終わらせることができる、と秀吉は見るのではないかと思えます。このため、秀吉が秀秋を後継指名するよりも秀家を後継指名する可能性が高いと思えるのです。私は宇喜多秀家を高く評価しているワケではありませんよ。