History Quest「戦史会議室」
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タイトル 渤海・黄海の海流・潮流・季節風
投稿日: 2004/11/03(Wed) 02:01
投稿者久保田七衛

>  まず第一に、当時既に山東半島の突端から朝鮮半島西岸に至る海流があるのは、周知のことであったらしいのです。遣唐使は新羅との関係が悪化する7世紀までずっと北路を使用しています。その北路の航路ですが、日本から唐に赴く際と唐から日本に帰国する際では航路が微妙に異なります。唐に赴く際は、朝鮮半島西岸をずっと北上し、遼東半島から黄海を横断し山東半島に上陸し、長安を目指します。逆に帰国する際は、山東半島から直接朝鮮半島西岸を目指すのです。何故なら黄海の海流の関係から、このような航路を採るのが合理的だったからだそうです。

 お久しぶりです、久保田と申します。

 黄海から渤海における主要海流は「黄海暖流」(戦前でいう「西朝鮮海流」)です。

@ 黄海暖流の模式図は以下のHPです。
http://www.coi.gov.cn/question/q39.htm

A 渤海・黄海における海流の概況は以下のHPが参考になるでしょう。
http://www.emecs.or.jp/guidebook/pdf/09bokkai.pdf
http://www.emecs.or.jp/guidebook/pdf/19ki.pdf

 黄海の海流が季節によりかなり変化するというモデルはけして最近のものではなく、昭和9年に出版された学習地図帳『新選詳図帝國之部』(守屋荒美雄著、帝國書院)でも採りあげられていて、定説とみなして問題ないと思われます。

 もともと東シナ海側からみて渤海側が盲端におわることもあってか、同海域の流れは全般にかなり弱めで、例えば黄海暖流が大陸側で反転して南下する「黄海沿岸流」を例にとるとわずか0.1ノットしかないようです(『理科年表2002年度版』丸善)。このような状況にあって、同海域の航海には、潮汐により生じる潮流と、季節風の影響がより大きいものと考えられます。

 実際、平安期の円仁『入唐求法巡礼行記』(中公文庫)はそのような観点からみてこそ首肯できる表現を多々認めます(渡航にあたって筆者が第一に気にしているのは、ころころ方向が変わる風と浪ですよね)。Trewarthaの教科書(An introduction to climate 第3版、1953年)でも、同海域の風向の安定度はインド洋や東南アジア近辺に比較し低く、あてにしたいがあてにならない季節風が関心にのぼるのはむべなるかな、という気がします。

 また、渤海の平均水深が約20m、黄海の平均水深が約44m(ちなみに瀬戸内海は約38m)なわけですが、理科年表掲載の等潮差図をみると同海域の潮差は東アジアでも最も高い一帯です(韓国西岸で部分的には約8m!)。この水深でこの潮差から、潮流の変化がかなり大きいことは想像に難くないですし、また航海中は座礁の危険性に十分注意を払う必要がありそうですね(全栄来氏も11世紀の史料を用いて韓国西海岸の潮汐の大きさをコメントし、考察の一助としています;『百済滅亡と古代日本』雄山閣)。

 個人的な仮説ですが、遣唐使の航路で往路と復路が異なるのは、渡航する季節の違いで、風向きが変わるのが大きくはないでしょうか。

追記;
@唐代における造船技術の革新の可能性ですが、管見の限り考古学的な検討が十分なされた当時の船舶はない筈で、議論にはおのずと限界があるでしょう(石井謙治『和船U』法政大学出版局)。中国の科学技術史といえばニーダムなわけですが、彼関係の著作の中では中国の竜骨・帆走設備共に淵源はもっと古いものと考えられているようで、どうでしょうか?渤海・黄海の平均水深を考えれば、竜骨はむしろ南方への渡航に関連したものでしょうか(実際、唐代中期以降の変革は南方航路が主であったように記憶します)。
 技術関係でなにかあったと仮定するなら(魅力ある仮説だと思います)、わたしだったらリーディング・ボード(ニーダムによると、8世紀の資料が初見なようですが)あたりから攻めたいところですが、、、。

A旧唐書に載っている「(蘇)定方自城山濟海.至熊津江口.」の「城山」なのですが、山東半島中なのでしょうか?全氏の論考を読んでいると山東でよさそうなのですが、井上光貞氏の論考では高句麗側から下ってきたかの様な記載になっていて、悩んでいます。

B本論考を作成するにあたり、長崎海洋気象台の「東シナ海海洋気候図30年報」に参照するところ大でした。記して謝意に替えたいと存じます。


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