タイトル | : 国家の降伏 |
投稿日 | : 2005/10/23(Sun) 09:23 |
投稿者 | : 柿崎 唯 |
参照先 | : http://www9.ocn.ne.jp/~saphisgc/ |
ごちょう様へ、
私見ですが、国家の降伏について、特に近代国家の降伏はその軍隊が崩壊したか否かによると考えています。
首都の占領というのは大きな要因ですが決定的でもないと考えます。
少々古い例ですが、1805年のオーストリアはウィーンを失っても戦い続けましたがアウステルリッツで主力を失うと降伏しています。
1940年にフランスが降伏したのは、フランス野戦軍の大半が失われたためでしょう。フランスは陸軍国でした。
精鋭の軍隊が壊滅して残っているのは要塞守備隊と後備兵のみ。民主的な心を持ったフランスの指導者は彼らに戦えとは命令できなかったのです。
同様に1940年のイギリスが継戦できたのは、イギリス海軍がほぼ無傷で残っていたからです。
ナポレオンの以前からイギリスは海軍国であり、1940年の時点でもその海軍はドイツ・イタリア連合に勝っていました。
逆に1945年の日本は既に連合艦隊が壊滅していました。
更に、本土決戦用として新編された陸軍部隊も極めて質の低いものであることが指導者層にも認識できていました。
空襲というのはその国の経済と軍事力を奪うのに大変強力な手段ですが、これだけで降伏する国はまずないでしょう。
第二次大戦で最も強力、かつ長期間の爆撃を受けたのはドイツです。が、ドイツはその陸軍が崩壊するまで降伏しませんでした。
被爆撃の2番目は日本です。これは期間、量共にドイツの半分以下です。
ドイツは連合軍の戦略爆撃に対して抵抗し続けたのですが、日本は、残念ながらあまり抵抗できませんでした。B-29に対抗できる高高度戦闘機をほとんど保有していなかったことが大きいと考えます。
日本の降伏については連合軍の爆撃に対抗手段が無かった、ということは小さくはなかったかもしれません。
イギリスは大して爆撃を受けていません。
バトル・オブ・ブリテンは有名ですが、期間も規模も貧弱です。
中国とソ連は特殊でしょう。
まず中国ですが、当時の蒋介石政権というのは軍閥に毛の生えたような政権です。共産党軍という別組織も存在していたぐらいですので。
当時の中国は自国では戦闘機も戦車も軍艦も作れていません。
軍事的、経済的な中心地を持たない、国というよりは地域でしたから、明確な降伏を引き出すのは困難だったでしょう。
と、いいますか、もし蒋介石を降伏させたとしても、他の勢力が対日抵抗を継続した可能性が高かったと考えます。
ソ連については、その共産党政権という特殊要素をどう考えるか、ということになります。
1917年のロシアは別にモスクワやペテルブルグを占領されなくても崩壊してしまいました。別に軍隊は崩壊していなかったのですが、多大な犠牲を受けており、それがロシアの崩壊の原因となりました。
一方、1941年のソ連は、緒戦で主力の大半を失っても戦い続けました。
訓練どころか武器も軍服もろくに無いよせ集めの人々を「軍隊」として戦場に送ることは民主的近代国家ではできません。少なくとも1940年のフランス首脳にはできなかったことです。また、1917年のロシア国民はそれよりずっとましな状態での戦争継続を拒否しています。
でも、1941年のスターリン政権はこれが可能だったのです。恐るべき支配力です。
私自身はスターリン政権が崩壊する可能性も少なくなかったと考えています。ただ、現実には崩壊していないのであって、どこが限界かは、推測の世界に入ります。
ようするに「わからん」という話になります。
以上、ご参考までに。
柿崎