タイトル | : Re^4: 備中高松城攻めの謎 |
投稿日 | : 2005/06/27(Mon) 11:16 |
投稿者 | : ごちょう |
詳しい解説誠にありがとうございます。
>30 代半ばから後半ほどに平均寿命が考えられる江戸時代
>後半の人口ピラミッドについては、鬼頭氏が『日本二千
>年の人口史』(1983年)の中で挙げておられますが、人
>口移動の少ない農村では、15歳未満が30%以上、15−65歳
>が60%以上、65歳以上がせいぜい数%止まりとのことです。
以前小生は秀吉の小田原戦役における北条の人的資源に興味
があったのですが、その点において上記の「人口ピラミッド」
は非常に参考になるデータですね。ありがたいです。
こっちの小田原戦役における北条の動員事例に関しては始め
から「根こそぎ動員」であった事がほぼ確認されているので、
その点は問題ありません。ですので人的資源からみた北条の
最大動員可能数といった積算には非常に参考になる論拠にな
ります。また秀吉の諜報機関による北条の動員力の記録もあ
るのでこのデータと組み合わせればかなりの線まで積算が可
能だと思いますね。
>他にも豊臣政権段階で把握される毛利領国の石高算定が果
>たしてどうか(私自身はより多めに捉えるべきと考えてい
>ます)などの点があります。
推定石高の把握に関しては積算によってかなりの誤差がある
ことは小生も認めます。
小生は一応太閤検地の記録(と言うかまっとうな石高記録は
これしかない)を元に推定していますが、この記録も額面と
実態の間にはかなりの誤差があると言われていますね。また
1反の積算を太閤検地では300坪で積算(それ以前は一般
的には360坪)されておりその誤差修正も考慮に入れる必
要があります。ちなみに一般的には「竿を入れた」される太
閤検地ですが、毛利領など大抵は「差出(申告制)」であり、
明らかな不正の疑いのある場合限り光成率いるマルサが「竿
を入れる(査察)」と言った実態だったようです。また作業
量から見ても物理的に「全てに竿を入れる」のは不可能に思
えますしね。
差出による過少申告などを詰めて考えると泥沼になるので、
取り合えずは「太閤検地の石高記録」で許してくださいね。
今後ともご教授をお願いしたいです。